ガッデムサラリーマンの脱サラ物語

会社じゃ「経営層」なんて言われてるけどさ、人間なんだから面倒臭せぇこともあるよな。さーて、脱サラすっかな。

コンサルに踊らされて「人の評価」にムダな時間を使いすぎている件

 

どうも会社ってのは、人をしたり顔で評価するのが随分と好きみたいだな。毎年の考課の時期にでもなろうもんなら、人事部が用意した評価シートなんかを訳も分からずシコシコ書いては、マネジメント層の皆さんがマヌケ面を並べて自分たちの部署のメンバーの評価のすり合わせなんてしていやがる。

マネジメントされるメンバーの中には、「さぞかしあのミーティングでは高尚な議論がされているんだろうなぁ」なんて勘違いしている向きもあるかもしれないけど、全くもってそれは幻想だ。結局それぞれの上司がやってるのは、いかに自分が部下の強みだの弱みだのしっかり知っていて、その弱みに自分がどんなに立派な指導をしているかっていう私心に満ちた自慢話だ。

そりゃそうだろう。部下どもの評価が終われば、次には自分たちが部屋から出されて、自分たち自身の評価のすり合わせが始まるんだぜ?
ポンコツ上司どもの、そのさらに上のトンコツ上司に「うむ、彼はメンバーを上手くリード、指導して頑張っているようだねぇ。うぉっほん」なんて言ってもらいたいから、自分のために必死になってるのさ。

大体俺は他人を評価するのも、評価されるのも好きになれないね。だってそうだろう、上司が部下よりも優秀だなんてどこにも保証はねぇんだ。
たまたま早く生まれて、たまたまその時代の会社の状況に上手くハマって先に偉くなっただけだろう?まぁ、早く生まれたおかげで部下よりゃ長く会社にいるから、経験の量だけは多いかもしれんぜ。でもよ、ましてや地頭レベルで比べりゃ部下の方が何倍も賢いかもしれないよな。

そんな「部下よりも劣っている可能性も十分に秘めたポンコツ上司」が部下のことをわかったような顔をして、私心丸出しで下らない評価なんかやったって会社が良くなるわけがないわな。

上司ってのは自分のこれまでの知識、経験だの、信念だのといった人間としての力を総動員して部下と一緒に仕事をするんだ。そして、部下はそいつを反面教師という意味だろうがロールモデルという意味だろうが好きなように受け止めて、自分自身で成長していきゃぁいい。
そして上司がやるのは部下の才能を見つけて、伸ばしてやることさ。んでもって、その才能が活かせるポジションにアサインできるように手伝ってやりゃぁいい。

間違っても、人事部が作った複雑怪奇なコンピテンシー評価シートだか何だかを使って、年に1回シコシコ紙を埋めて気持ち良くなってちゃダメなのさ。大体部下の気に入らねぇところがありゃぁ、年1回のフィードバックの時期を待たずにその時に言ってやれよって話だ。人事部がツールも用意してくれたきっかけでもなけりゃ、部下と話ができねぇってんなら、マネジメントとして失格に決まっている。

何にしても、そんなつまらない紙で人が育つわけはないんだ。大体下らない考課のすり合わせ会議でそんなコンピテンシーの紙なんて結局使ってないだろう?本当に次世代のリーダーに相応しい奴が誰かなんて、普段の仕事っぷりを見てりゃ誰の目にも明らかなんだからな。

大体の場合、人事の仕組みなんて、コンサルなんかが作り出したトレンドに振り回されて、人事の奴らもよくわからんまま導入しているようなもんさ。

少し前に読んだ「申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。」という本を読めば、「目から鱗」で皆さんの参考になるだろう。

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少し違う観点から見れば、イマドキの若者の全員が、リーダーになって、偉くなって給料をたくさんもらうことが幸せだなんて思っているはずがないだろう。だって、給料だけはたくさんもらってるかもしれねぇが、ブタのようにこき使われてる上司のみっともねぇ姿を毎日毎日見てるんだぜ?

そう、俺たちが会社に入ったときに植え付けられたような価値観は薄れてきてる。だからその価値観を前提にしたような人事制度なんぞ、みんな表面上は神妙に聞いてるような顔をしていやがっても、本当のところは見向きもしていないのさ。

さて、俺の会社も年明けから評価シートを埋めろだの、部下との面談をやれだの言ってきていやぁがるが適当に付き合って、意味のある仕事をするぜ。あ~ぁ、アホくさ。