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ポンコツサラリーマンのガッデムぼやき節

会社じゃマネジメント層のくせに、それが面倒臭くて仕方ねぇポンコツな俺のボヤッキー。

「経営トップによる働き方改革宣言」だとぉ。笑わせるんじゃねぇぞ!

労働

 

経団連は今年を「働き方・休み方改革集中取り組み年」と位置付けて活動を展開しているんだとよ。経団連ってのは、上場しているようなでっかい会社で構成された経営者団体だな。「知っとるわ、アホ!」という声が聞こえてきそうだぜ。

で、その経団連が音頭を取って、他の経営者団体と一緒になって採択したのがこの「経営トップによる働き方改革宣言」。これがなかなかのシロモノなのさぁ。

ま、何だ。全体をざっと見てみると、「ロートル経営トップ達が集まって考えたらこんなもんだろうよ」、「そもそも、本気で働き方を改革しようなんては思っちゃいねぇんだよな」といった感想を持つね。

何で、ロートルジジィどもにまともな取り組みができねぇかって?

そいつは簡単さ。経営者団体に加入している企業の経営トップは「企業の中の生存競争を勝ち抜いてきたサラリーマン戦士たちだから」だな。

やつらが生き残るために大事だったのは「いかに自分を犠牲にして企業に尽くすか」であり、当然のお作法として「いかにギリギリまで長時間働くか」ってことだったに違いねぇ。そんな形で成功(出世)をしてきた奴らに「ライフも大事にして、ほどほどに働く」、「その結果、目立たないように自分を犠牲にした相手に、出世競争で負けてしまうかもしれない」なんて選択をすること自体、理解できるはずがないじゃねぇか。

それに加えて、今回の宣言は経営者団体がやってんだから、もちろんできる限り残業というフレキシビリティは確保し続けたい。だからこそ経団連の榊原会長が記者会見で「業種による差など実態を踏まえた議論が必要」、「一律的な決め方では、経済の実態に大きな影響が出る」といったようなモゾモゾした注釈を入れるハメになっていやがるのさ。

まぁ、アプローチの仕方がてんで間違っているってことだな。ホンネを言えば、企業は「ギリギリまで長時間働く従業員が可愛くて仕方がない」んだ。だから、今回の宣言のように「そんな可愛いお前らだけど、ワークライフバランスも考えろよ。会社も取りやすい環境づくりにはできるだけ努力をするから」という程度のことしか言えないってぇことだ。

本気で長時間労働を減らしていきたい、って思うなら、会社は「長時間働く従業員は全然可愛くないね」と宣言しなきゃいけねぇのさ。つまり、「残業ばかりしてる奴は仕事も自分も管理できない無能者」、「多少仕事の品質は劣っても、早く完了した奴の方が可愛い」という評価に変えるってこったな。早く家に帰って、私生活も大切にしている方が高い評価を得るんだよ。何だか不気味だけどな。

欧米では、実際にそうした要素が、個人評価の一部になっていることは間違いなさそうだぜ。奴らから見れば、日本や韓国のように、人間性や労働人権的にも問題といえそうな長時間労働によって競争力を維持、向上させようってなやり口は不公正だってなもんだろう。また、それと同時に、「会社のためだけに人生の大半の時間を費やすなんて、何てもったいない生き方をしてるんだろうねぇ」とでも思っているに違いねぇ。

日本人の働き方は、日本だけで働いるとその異常さに気が付かないんだろうな。ま、そもそも例え海外の奴らの働き方を知ったところで、自分たちの異常さに気付くどころか、逆に「外国人は怠け者ばっかりだ」なんて脊髄反射的に考えるのが関の山だろうぜ。

この宣言を見るだけでも、まだまだ日本は「古き、悪しき」働き方を続けていくのだろうなぁ、と感じるねぇ。仕方がねぇから、ぼちぼち頑張っていくとするか。