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ポンコツサラリーマンのガッデムぼやき節

会社じゃマネジメント層のくせに、それが面倒臭くて仕方ねぇポンコツな俺のボヤッキー。

バスの運転手のような心持ちで生きて成長して成功していくのさ。

 

何かのきっかけで、やる気が出ちゃうってことがあるよな。啓蒙書みたいな本を読んだり、有名な人の講話を聴いちゃったりしてよ。その瞬間は少しばかり興奮して、思わず夜更かしをして勉強とか作業に取り組んだりもする訳さ。

でも何も変わりゃぁしねぇんだな、結局。「三日坊主」とはよく言ったもんさ。本当に三日くらいで、あの興奮はすっかり冷めて、いつもの通り下らねぇYouTubeの投稿を見たり、ゲームをして時間を過ごす、いつもの生活に逆戻りってことになる。

もちろん、自分の夢を最後まで叶えるための教えは色々と本になっていやがる。「騙されたと思って3週間やってみなはれ!」ってな。でも、そんな本が売れるところをみると、いかに俺たちが「三日坊主シンドローム」に苦しんでいるかわかろうってもんさ。

でもな、本には色々書いてあるが、俺が自分自身、どうにもこうにも三日坊主になっちまう最も大きな理由の一つは、「最初から飛ばし過ぎて疲れちゃう」からなんだよな。言葉を替えると「(最初に飛ばしすぎたせいで起こる)オーバーワークがしんどくてやりたくない」と思っちゃうからなのさ。
「細マッチョになろう」と決断をして、ダンベルなんか買い込んじゃってな。初日はガンガンやっちゃう。2日目に心地よい筋肉痛の中、もうちょっとやっちゃう。3日目に「筋肉って少し間を空けて運動をした方が身に付きやすいって雑誌ターザンも言ってたよな」なんて豆知識が記憶から蘇り、とりあえず一日スキップする。4日目には、もう何だか初日のしんどさを思い出しちゃって、「仕事もちょっと忙しいから」何て理由で自分を正当化しちゃう。

だからな。夢を実現することにとって、良くないのは「興奮して飛ばしちゃう」ってことなんだろうと思うぜ。もちろん、「夢が叶うことの喜び」側からのアプローチを上手くやって、興奮状態を維持し続けることも可能だろう。でも、やっぱりしんどいことは続かないのが少なくとも俺様ってわけさ。あんたもそうだろう?
そこで、「バスの運転手」の登場だ。「バスの運転手」ってぇ職業について話がしたい訳じゃぁねぇ。俺は、彼らが仕事に取り組む姿勢を、俺様の夢に向かう努力の仕方の参考にしたいってことなんだよ。いや、実際にはバスの運転手がどんな心持ちで働いているかなんてさっぱり知らないんだがな。

俺のイメージでは、彼らは基本的にはほとんど感情を揺らすことなく、自分の職務を淡々とこなしていく。多少やんちゃな運転をする若造が前に割り込んできても、黙って入れてやるだろうし、それを意識に止めることもしない。いちいち腹を立ててすらいない。無理な追い越しもしない。でも、着実なスピードで前進していくってこった。毎日、毎日。

俺はそうした努力を続けていけるかどうかが、最後に成功できるかどうか、ということに強く結びついているように思うぜ。
とにかく興奮せずに、地味な一歩を踏み出して、そのままジリジリと前進していく。そんな風になれたとき、俺様の目標もいつか叶うのかもしれないねぇ。

 

記憶力だけでも、そこそこ生き延びていけるサラリーマンの世界。

 

俺は本を読むのが好きなんだけどよ、柄にもなく自分のスキルアップに繋がるようなものもコソコソ読んじゃったりする訳さ。啓蒙書みたいなものもあれば、もう少し直球で特定のスキルを上げるようなものも読むんだけどよ、ちょっとそういうタイプの面白い本に出会ったね。いや、この本自体が面白れぇというよりは、「記憶力」ってこんな風に磨くことができるんだな、って感心したってことなのさ。

ちょっと前に、集中力のことを書いたけれども、どうも俺様、お恥ずかしい話、記憶力も怪しくなってきていやがるのさ。何といっても人の名前だろうな、思い出せないのは。まだ日本人の名前みてぇに意味のある漢字ならまだしも、外国人の名前と来たらさっぱりだね。まぁ、ちょっとそれすらちょっと気取ってみただけで、すごく身近な日本人の名前が咄嗟に出てこないってことだってざらにあるぜ。老いってやつなんだろうと思ってた。嫌な響きだがな。
しかし、この本を読んで少し自信がついたぜ。みんな記憶するのに苦労してるんだ、俺と同じようにちょっとしたことが思い出せなくて困っていやがるんだってな。まぁ、他人もそうだとわかって安心しているのもどうかと思うけどよ、俺の脳みそだけが衰えているって思うよりは随分マシだろうぜ。ま、本当のところを言えば、老いからくる記憶力の衰えってのは実際にあるとは思ってるんだけどな。
 
本の中には大きく分けて2つのことが書いてある。1つは、記憶ってぇもののメカニズムって言えばいいのかな。もう1つは記憶術そのものだ。
 
例えば、俺が大学受験をする頃には、社会だの英単語だの記憶力勝負の科目は、何べんも何べんも口に出して覚えようとしてた。でも、それって間違ってたんだとよ。記憶ってのは、少しばかり別のことを考えた後に、もう一回思い出そうとしたり、覚える作業をする、その繰り返しの中で忘れなくなっていくんだとよ。つまり、頭の中に短期記憶が残っているような状態で繰り返し念じていても、それは記憶を定着させることにはならてぇってんだ。一旦短期記憶から消してからもう一遍ってこった。口に出して、音とセットで記憶すること自体は良いことみたいだけどな。
しかしなぁ、もう大学受験も随分前に終わっちゃったよ。もう少し早く教えておいて欲しかったもんだぜ、なんてな。
 
記憶術ってのもなかなか面白いぜ。記憶力大会みたいなものも世の中にはあるそうだが、そんなところで超人的な記憶力を披露している野郎どもも、実は単に頭がいいってぇことじゃなくて、こういう記憶術を使いこなせるからあんだけ短時間でたくさんのことが記憶できるんだそうな。
もっと高度な記憶術もたくさん紹介されているものもあるんだが、最も俺たちにおなじみの記憶術は、「鳴くよ(794年)ウグイス平安京」みたいなもんだな。794ってぇ数字には意味がない、そういうものは覚えるのが難しい。だから情景がイメージできる形に変換するんだとよ。
 
まぁ、俺がここでグズグズ言ったって仕方がねぇ。興味がありゃぁ読んでみりゃいいさ。
 
ところで、ちょっと話は変わるんだが、あんたの会社にもいるんじゃねぇかな。何だか聞いたら何でも答えてくれるような物知り野郎が。そいつは何だか優秀に見えないかい?
 
確かに、色々なことに関心を持っているやつなんだろうから、その時点で優秀だろうとは言えるだろうけどよ、実際のところは、人知れず「記憶する」ことで一目置かれる存在になっちゃってんじゃないかな。
たまに、役員だの部長だので、100人も200人もいる職場のメンバーの名前を憶えていやがるジジィがいたりする。まるで、超人的な記憶力があって、しかも部下のことをとっても大事にするような人物に見えたりする訳さ。この本を読めば、一回会った人の名前を忘れない、なんて超人的な記憶力なんてものはなくて、実際には人の見ていないところで記憶していやがるんだってことに気付くぜ。だって、記憶大会に来ている世界ランカーたちがやってるんのは記憶術の如何に使いこなすんだってこったからな。
 
そうだとすりゃ、話は簡単だ。覚えるだけで、優秀だと思われちゃうんだからな。覚えようぜ、って話さ。
何でもいいさ。あんたのところで提供しているサービスや製品の詳細だっていい。自分の部署にいるメンバー全員の名前だっていい。片っ端から覚えてやりゃぁいいのさ。下らないことを覚えると大事なことを忘れちまうんじゃないかって?どうも、人間の記憶ってのは、有限ではあるけど、1ペタバイトだってさ。初めて聞いたけどよ、1ペタバイトってのは1ギガバイトの100万倍だってよ。容量に不足はねぇよな。
 
そして、あんたの上司が「あれってどうなってたっけ?」なんてマヌケ顔で聞きやがったらチャンスだぜ。涼しい顔して答えてやりな。記憶のメカニズムを知らないマヌケ上司はきっと、「えらいこの子は頭がええんやろなぁ」とか、「会社のそんなことにも関心を持っとるとはあっぱれやで!」なんて勘違いしてくれること請け合いさ。
 
ま、一度騙されたと思ってこの本を読んでみて欲しいぜ。Kindle Unlimitedに入ってるから会員なら無料ってか、定額の中で読めるんだからな。
じゃな。

 

俺様の能力を待ち焦がれている宇宙のこと

 

最近読んだちょっと変な本。

何だか変な本を読んじまった。夢枕 獏ってぇ奴が書いた「上弦の月を喰べる獅子」って本さ。それなりに有名になった本らしいからあんたもタイトルくらいは聞いたことがあるかもしれねぇな。

正直言うと、「ぜひ読んでみなはれや!」とはお勧めできる本ではないぜ。なぜって?さっぱり訳がわからねぇからさ。これを書いた奴、ちょっとおかしいんじゃねぇかとすら思えてくるぜ。ただ、著者はホンモノの狂人って訳じゃぁなさそうだ。本編でももちろんまともな描写もあるし、あとがきで書いている内容なんかはそれなりに「普通の人」の雰囲気ではある。ただ、体の中に潜んでいる狂気が今にも外に出てきそうな危うさは感じるがな。

俺にしか出来ないこと…?

まぁいい。この本自体の中身は実はどうでもいいんだ。
 
何だろうな。こいつがそのあとがきで書いていやがったことが少し気になったのさ。「この小説はワシにしか書かれへんかったで」ってな。俺も「確かに」と思ったね。間違いなくこんな訳のわからねぇ本はこいつにしか書けなかっただろう。ただ、この本は狂気に任せて全く意味のないことを書いているだけで、面白くもなんともねぇっていうもんじゃぁねぇ。いや、確かに訳はわからねぇんだが、俺と来たら、そんな上巻だったにも関わず、思わず下巻も買って一気読みしちまったって訳だ。何か魅力があったってことは間違いないだろうな。

俺にも俺にしか出来ないことがあるはず。

会話やスピーチみたいな口頭での発言だろうが、本やブログで書いた文章だろうが結局はこの世の中にある音とか単語を組み合わせだよな。つまり、俺が言いてぇのは、こいつの書いた小説ってのは、組み合わせとしてはこの世に既に存在していたって訳さ。
ありえねぇ話ではあるが、例えばこの世に超スーパーコンピューターがあって、あらゆる言葉の組み合わせを作ることができたなら、こいつの小説はその内のどれか一つだったはずだぜ。
 
そういう意味ではこいつがやったのは、その絶妙の言葉の組み合わせを天賦の能力と不断の努力で発見しやがったとも言えるんじゃぁねぇかな?そして、その発見はこいつにしかできなかったはずさ。こいつが、普通に大学に入って、普通にサラリーマンになって、出世競争なんてしていやがった日には生まれてこなかったんだろうな。
単に「能力があるやつが頑張って、ええもん作ったっちゅう話と何がちゃうねん」ってぇ、至極真っ当な質問にすら上手く答えられねぇんだが、そんな風に思ったのは、もしかしたら、この宇宙は、俺様が俺様にしかない能力を発揮することで生まれてくるビックリするほどイケイケな何かを待ち焦がれていやがるんじゃねぇかって気がしたからなんだよな。

そうか。エンディングから逆算するってこった。

あんたは、サウンドノベル系のゲームってやったことがあるかい?そうだな、「かまいたちの夜」なんてのが代表的な作品かもしれねぇな。
こういうゲームってのは、途中で色々な選択肢が出てきて、その選択の結果としてそれぞれのエンディングに繋がる。もちろん、雪道で迷ってそのまま凍死しちまうような超ポンコツバッドエンディングになることもあれば、ヒロインといい関係になれるようなハッピーエンドもあったりする訳さ。
 
実際に俺たちの人生のエンディング(死んじゃうときという意味ではないぜ)だって、結局は俺たちの選択肢によって決定づけられる訳だよな。つまり、ゲームと一緒で「エンディングの種類は限られてる」ってこった。
あんたが、ヒラのサラリーマンだったとして、一念発起して上場企業に転職した挙句そこの社長になるってぇエンディングもありえるだろう。今の会社がブラック企業だったことに気付いたけど、頑張って働いているうちに上司のパワハラに耐え切れず心を病んで自ら命を絶つなんてエンディングもあるかもしれねぇな。
 
人生の可能性は無限大だって言ったって、例えばトランプ大統領の後任の大統領になるっていうエンディングは俺もあんたにもねぇのさ。だけど、あんたにだって、想像可能なイケイケのエンディングがあるはずだぜ。俺にだってあるさ。恥ずかしいから言わねぇけどよ。
 
つまり、俺たちはその想像可能なイケイケエンディングから逆算して、行動していく必要があるってことじゃねぇかな。特に俺たちみたいに人生の折り返し地点に立って見りゃ、イケイケエンディングの数も限られてもいるし、そのエンディングに向けて努力できる時間も限られてきているはずだろう?その代わり、俺たちは自分の能力を知ってる。限界って意味じゃねぇぜ。才能って意味さ。
 
その才能から考えうる最高のエンディングを想像する。そうなりゃ、後は逆算して今から行動を変えていくしかないだろう?
ビール飲んで、テレビ見てウトウトしている場合じゃねぇことはわかるよな。
 
ま、自分に向けた独り言だから聞き流してくれりゃいいけどなぁ。

 

威圧スキルだけが強いポンコツエグゼクティブな人たち。

 

あんたの会社にもいるだろう。

報告だの決裁だのを持って行ったときに、何だか急に違う角度から小難しいことを言って、あんたを困らせる偉いさんがさ。

もちろん、あんたの持って行った提案がポンコツだった可能性は否定できねぇ。もしそんな隙があったと思うんなら反省するんだな。

しかしなぁ、その偉いさんが本当に会社にとって有益な新しい切り口でモノを見れるイケイケ慧眼経営者かってぇいやぁ、必ずしもそうとは言えないぜ。

偉いさんの中にはな、「いかにも経営者っぽく小難しいことを言って、部下を威圧するスキルだけが高い」って野郎がいくらだっているんだ。もちろんテメェで「自分を大きく見せたい」と思って一生懸命演じている惨めなケースもあるかもしれないだろうが、俺の感触では「威圧スキル発揮」の成功体験を積み重ねて、偉くなっちまった、ってぇ野郎の方が多いような気がするぜ。

無垢な従業員から見りゃ、「さっすが、ウチの偉いさんは見る視点が違うよな!」なんて感心しちゃったりするかもしれねぇさ。
偉いさんのさらに偉いさんも、「ビシビシ部下をしごいてくれているみたいですねぇ」なんて思っちゃったりするかもしれんぜ。
それが成功体験って訳さ。

威圧スキルの発揮の仕方はそれこそ、色々なパターンがあるぜ。

一つ例を挙げるなら、「純真無垢なほどにタブーなく発想する」パターンなんてのは典型的だ。

一般的に言えば、実務に近い担当者ほど、調整相手の状況がわかっていたり、納期に制限があったり、ある対策にどれ位の金と時間が掛かるかわかってたりする訳だよなぁ。

それを、偉いさんは全く気にせずに自由に発想しちゃう訳さ。例えば、国内の仕入先の選定で頭を悩ませている部下に対して、「ミャンマーの線は考えてみたかね?」なんてな。

「は?何言ってんだ、オッサン」と部下も口には出しては言えねぇから、モゾモゾしてると、「もう一段視点を広げて考えてみても良かったんじゃないか?」なんてなぁ。偉いさんからすりゃぁ、「また、ナイスな指導をしちゃったな…俺」なんてご満悦さ。

まぁ、言うまでもなく、この偉いさんは前日にカンブリア宮殿で「最後の新興国ミャンマー」なんてぇ特集を見ただけなんだぜ。

だけどな。こういう威圧スキルは抵抗するのが難しい厄介もんだ。

ミャンマーがいかにバカな案であったとしても、あんたが「そんなことを検討する必要はない」と言った瞬間に、「俺に盾突く反乱分子」、「柔軟な発想のできない頑固者」なんてレッテルを貼られて、あんたは損をするんだ。

会社のためを思って発言をして、あんた個人がバカを見ることはねぇさ。あんたは「もう一度、ミャンマー等を含めて検討してみます」と言って引き下がるか、「少し、時間、予算が必要になりますが、検討してみましょうか?」なんてギリギリの抵抗をするのが精いっぱいさ。

恥じることも反省する必要もないんだ。上司の特権を振りかざして、あんたが抵抗できないやり方でご指導していやがるんだからよ。あんたがミャンマー案を持って行ったら、「おい!国内の仕入先さんとの付き合いは、人件費が高いってだけで切っていいと思ってんのか?共栄の仕方を考えるのがお前の仕事だろう」なんて怒られちゃう訳だからよ。

こういうスキルがあるんだ、と理解しておくだけでも、遭遇したときに嫌な汗をかいてストレスを感じることはなくなるだろうぜ。ま、面倒くせぇ追加の宿題をいただいちゃうことは避けようがないけどな。

じゃ、嫌な月曜日もやってくるみてぇだし、お互い頑張ることにするかね。

 

おっさんサラリーマンも遠慮なく音楽で感動してやりなよ。

前回のエントリで、おっさんサラリーマンも勢いよく冒険して感動しようぜ、なんて柄にもなく書いちゃったけど、今回はそのおまけみたいなもんだ。

俺はあんまりこれまで音楽を積極的に聞く方ではなかったんだけどよ、最近の定額サービスは音楽との付き合い方を変えたイノベーションだと言わざるをえないぜ。ダウンロードまでし放題なんだから太っ腹だよな。

俺は会社から渡されているスマホiPhoneなもんだから、Apple Musicを使ってるが、最新の楽曲から過去のヒット曲までカテゴリーに分けられてる。

www.apple.com

でも、こうやって何百万曲だの何千万曲だなんてもんが目の前に陳列されると、ふと気が付くね。俺に最高の一曲を見つけることの難しさをさ。

それから、最新のヒットチャート何かを聴いていると、「2匹目のドジョウを狙ってみました」的なインスパイアされた系の曲も少なくない。やっぱり、そういう曲ってのは元の方の曲を超えることはないよな。

つまり、全米ヒットチャートってぇ、多分ランクインすることが世界屈指の難しさを誇るものの中にすらつまらねぇ曲が少なからず存在するってこった。まぁ、あんたがつまらねぇと思ったものに俺がグッと来ちゃうこともあんだろうから、人それぞれってことではあるが、全部が全部グッと来ちゃうことはねぇわな。

だから、自分が感動できる曲を見つけるためには、つまらない曲を頭から最後まで聴いている暇はねぇはずだ。常に「もう一回聞く気になれそうかどうか」ってぇ気持ちで気合いを入れて聴く必要があるはずだぜ。

いらねぇ、と思ったら素早く「好きじゃない」判定を下して、次の曲に移る。んで、「お。いいかも」と思ったら、さっさとプレイリストにぶち込んでやる訳さ。

そして、車に乗っているときでも、会社に電車に向かうときでもいいから、プレイリストを聴いてみる。んで、「やっぱり好きかも」というものだけ残して、「違ったな」と思ったものはポイだ。

こうしてりゃ、俺様のプレイリストは、テストを繰り返した結果として残った、コテコテ俺の好きな曲の集合体となる訳さぁ。

こいつを聴きながら散歩したり、軽くジムで汗を流したりすると、何だか感動するんだなぁ。

俺も世に拗ねてるだけの、おっさんサラリーマンというわけじゃぁねぇのさ。
ヘヘヘ。

 

しがないおっさんサラリーマンでも毎日冒険して感動するんだぜ。

 

この世の春を謳歌している若造どもから見りゃぁ、俺みてぇなおっさんサラリーマンは、毎日会社の往き返りだけを繰り返してつまらねぇ人生を過ごしてるってことになるんだろうなぁ。

あぁ、確かにふと気を緩めちまえば、実際にそんな感じになっちまってる。会社に行って、何となくそれっぽく仕事をして、何となくいつも通りキリの良いところで帰ってきて、何となく家で用意されたメシを食いながらビールを飲んで、気持ちよくなったところで風呂でも入って寝るかってなことになる。

俺が言いてぇのは、それじゃあダメだってこった。若さしか取柄のねぇ小僧どもに笑われたって仕方はねぇな。
しかもきっと、そのままそれを繰り返して、いつの間にかジジィになって死んじまうのさ。

俺はまだ死ぬ間際のジジィじゃぁねぇからよくわからねぇが、「さぁてあの世往きだ」ってときに「まぁ、良い人生だったんじゃねぇか」と思えるのは、きっとどんだけいっぱい「感動」したんかってこったろうよ。

感動の仕方は色々あるだろうがよぉ、上に書いたみたいに何の意図もなく漫然と過ごす生活の中にはそう転がっていることじゃぁねぇ。

そう、感動は冒険の中にこそあるのさ。

冒険ってぇと何だか自然いっぱいの野外活動でもしそうに聞こえるかもしれねぇがそんなことは言ってねぇ。簡単なことよ。いつもやらねぇことに、ちょっぴり勇気を出して取り組んでみるってことさぁ。

別に仕事をしているときだっていいんだぜ。今まで話をしたことのない野郎と直接会って話したっていい、いつもは使わねぇ白板にテメェの下らねぇアイデアを書いて回りの人間に披露したっていいだろうよ。

もちろん仕事以外でもいつだって冒険はできるんだぜ。嫁はんに黙って半日休暇でも取って、行ったこともないような名所を巡ったっていい。友達を誘ってオカマバーに行ったっていいだろうよ。読んだこともないようなホモ雑誌を買って読んだっていいじゃねぇか。別に同性にこだわるつもりはないんだが、まぁ非日常の例ってこった。雑誌買ってるところを偶然通りかかった嫁はんに見つからないように気を付けるんだぜ。

まぁ、何だっていいんだよ。多少金の掛かることだっていいじゃねぇか。俺は最近このブログを書くからってんで、東プレとやらの高級キーボードを買ってやったのさ。気持ちいいね。感動さぁ。

そう、人生を楽しむために金はあるんだから元気なウチに使っちまえばいいんだよ。しかも、小僧に勝っているのは、おっさんサラリーマンには多少の金の余裕があるってところだろ?アドバンテージを有効に使わないでどうするのさ。

でも、ちょっとしたことが面倒くせぇんだよな。特に「ちょっとした勇気」がいるようなことはな。何もしなければ、心が乱れることもないし、失敗することもない。その代わりに感動もないし、本来貴重で忘れられねぇ一日になりえたその日は、明日になれば、何をやっていたのか思い出すこともできない下らねぇ一日になり果てるんだ。

別にそっちの方が楽だからそうするってんならそうすりゃいい。俺たちは自由なんだからな。
でも、一回「何か冒険することはないかなぁ」なんて考えて過ごしてみちゃぁどうだい。いつ止めたって、それこそあんたの勝手なんだからよ。

 

集中力の衰え始めたポンコツサラリーマンな俺様。

 

さぁて、今日もちょいちょいと集中力を上げるためのお勉強をすることにするぜ。

昨日、少々大作エントリゆえに面倒臭くなって最後まで読まなかったサイトを見てみるかなぁ。

re-sta.jp

ふーん。ゾーンねぇ。俺ってゾーンに入ったことってあんのかな。

確かに学生の頃に麻雀やってるときなんかには、俺は絶対に負けねぇって思える瞬間もあったかもな。そのときは疲労も感じなかったし、時間だってあっと言う間に過ぎたもんさ。
あぁ、きっとそうだ。ああいう感じの状態のことを言うんだろう。

しかし、今でも麻雀は大好きだし、やってりゃぁもちろん楽しいんだが、どうも途中で疲れて面倒臭くなっちまう。翌日が眠いなんて辛いじゃねぇか。もしかすると麻雀くれぇでやり取りする小銭に執着する気力がなくなってるのかもしれねぇな。
どうしちゃったんだよ。俺様。

何にせよ、前回のエントリでも書いたようなことだが、「今に注目すること」、「揺らぎ、とらわれの状態から脱すること」ってのは頷けるぜ。

まぁ、しかし何だ、他人がブログで何だかんだ書いてあるのを読んでも、大して役に立ちゃぁしねぇな。やっぱり自分のことは自分が一番よくわかってんだ。

前回のエントリでも、ちょっと触れたが、俺が集中できていない原因の一つは、対人関係に関わる懸念があるときだな。これは、ストレスを強いられる相手とのやり取りだけじゃなくて、下らねぇことを言っていやがる、下らねぇカス野郎をどうやって言葉の暴力でぶっ飛ばしてやろうかって考えているようなときも同じさ。

それに加えて、必ずしも対人関係だけの話じゃなくても、何か「忘れちゃいけねぇタスク」みたいなもんが頭の中にあると、それを忘れねぇように頭ん中で反芻しているようなところもある。

ふーん。ってことはだよ、もしかするとタスク管理の仕方ひとつで、余計なことを考える必要が軽減されるかもしれねぇな。こんなジジイになってから言うのも憚られるような新入社員レベルの話だけどよぉ。

よし。じゃあ、こうしようじゃねぇか。

とにかく、何かタスクが出てきたら必ずその場でタスクだけを集約したメモに記入すること。んでもって、そのタスクを必ず毎日確認することにしようか。
特に人間関係に関わる案件が出てきたときは、「相手との質疑応答、言葉の暴力の振るい方を考える時間」ってを自分のスケジュールで確保しちまうってのはどうだい。

その時間が確保されているんだから、それ以外の時間にボンヤリ考える必要なんてないもんな。もし、そういう管理の仕方が自分で「板に付いてきた」と思えるようになった暁にゃぁ、自然と「気にならなくなる」という状態になるような気がするぜ。

お!何か、明日からギンギンに集中できるような気がしてきたな。

はぁーぁ。ジジイになると色々上手くいかなくなるもんだなぁ。若い人たちも、気が付きゃぁ転がるようにジジイになることだけは忘れちゃいけないぜ。

じゃぁな!